事業承継時の従業員退職金における必要経費算入の要件
税務調査
税務調査で認めたことを撤回するには

著者プロフィール

久保憂希也

久保 憂希也(くぼ ゆきや)

元国税調査官・株式会社KACHIEL代表取締役 CEO
1977年 和歌山県和歌山市生まれ
1992年 智弁学園和歌山高校入学
1995年 慶應義塾大学経済学部入学
2001年 国税庁入庁、東京国税局配属 医療業、士業、飲食店、不動産関連などの税務調査を担当、また、資料調査課のプロジェクトで芸能人や風俗等の税務調査にも携わる。さらに、東京国税局にて外国人課税に関する税務調査も担当。
2008年 株式会社 InspireConsultingを設立し、税務調査のコンサルタントとして活動し、現在は全国で税務調査対策研究会を開催し、数千名の税理士に税務調査の正しい対応方法を教えている。

税務調査で認めたことを撤回するには

本稿で取り上げる事例は、相続を規定する法律=民法を理解しないまま、誤って所得税の必要経費に算入し、否認された(裁判でも負けた)内容となっています。
 事業承継問題が年々増えている昨今において、個人事業主の事業承継においても、特に従業員退職金の取扱いについては注意が必要となります。

2つの事例で比較して理解する退職金の必要経費

 実際の判決は、東京高裁平成9年3月24日ですが、例示で比較した方がわかりやすいので、裁判内容を基に2つの例で示したいと思います。

【例1】
父は開業医(個人事業)で病死した。息子はサラリーマン(医師免許なし)のため、医院を引き継がず、自己の判断で医院を廃業。勤務していた従業員には退職してもらうこととして退職金を支払い、父の準確定申告において退職金を必要経費に算入した。
【例2】
父は開業医(個人事業)で病死した。息子は勤務医であったが、父の医院を引き継いだ。勤務していた従業員には引続き勤務してもらうことになったが、従業員と父との雇用契約がいったん終了したことから、父との雇用契約期間を基にして、その分の退職金を支払った。父の準確定申告において退職金を必要経費に算入した。

 さて、ここまで書けば例2が誤っている(必要経費にならない)と判断できると思いますが、その理由と違いがわかりますか?

相続したら雇用契約も引き継ぐ

 まず前提となる法律知識ですが、原則として雇用契約上の使用者の地位は相続の対象となります。

民法第896(相続の一般的効力)
相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。

 ですから、結論からすると、例2の息子は「父との雇用契約が終了」し、その分の退職金を支払わなければならないと「勘違い」したようですが、実際には退職金を支払う理由が存在しないことになります。

所得税法上の根拠は?

 では、例1が必要経費と認められる法的根拠は何になるのでしょうか。
 まず、納税者が年の途中で死亡した場合、その死亡のときまでに債務が確定したものに限り必要経費にできるのが原則です(所得税法第125条、通達37-2)。
 しかしこの規定には「別段の定め」が存在します。

所得税法63条(事業を廃止した場合の必要経費の特例)
居住者が不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業を廃止した後において、当該事業に係る費用又は損失で当該事業を廃止しなかつたとしたならばその者のその年分以後の各年分の不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上必要経費に算入されるべき金額が生じた場合には、当該金額は、政令で定めるところにより、その者のその廃止した日の属する年分(同日の属する年においてこれらの所得に係る総収入金額がなかつた場合には、当該総収入金額があつた最近の年分)又はその前年分の不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入する。

 この規定はあくまでも、「事業を廃止した場合」です。例1のように、相続する権利はあったが、結果として事業を廃止した(事業承継しなかった)ケースにおいて、この別段の定めが適用されるのであって、例2のように、事業を引き継げば適用にならないのです。
 これは民法から理解していないと誤ってしまう事例で、かつ(前事業主分の)退職金を支払ったという事実を取り上げると、準確定申告の必要経費に入れてしまうだろうと思います。
 この取扱いはあまり知られていないので、個人事業主の死亡時には注意が必要です。

他にも参考になる判決を

 この違いまで理解されたところで最後に、少し長くはなりますが判決(概要)を引用します。詳細は下記をお読みください。

東京高裁平成9年3月24日(H09-03-24)
  • 個人の使用者である被相続人の死亡により従業員との間の雇傭契約は終了するから、退職金債務を被相続人の準確定申告において必要経費とすることができるとの納税者らの主張が、雇傭契約は病院を運営するための労務の給付を目的とするものであり、その労務の内容自体が被相続人の一身に専属するものでないことは明らかであるし、病院が継続する限り、使用者の変更によつてその労務の内容に重大な差異が生ずるともいえないから、被相続人の使用者たる地位は、相続人らの承継の意思の有無に関わりなく、本件相続によつて納税者ら共同相続人に承継されることとなるものであり、雇傭契約は被相続人の死亡を原因として当然に終了するものではないとして排斥された事例
  • 病院開設者である被相続人の死亡により病院開設許可が失効し、病院従業員との雇用関係は消滅するから、それによつて生じた退職金債務は被相続人の準確定申告において必要経費に算入されるべきであるとの納税者らの主張が、病院開設許可は医療施設としての人的物的施設が具備されていることを要件として与えられるものであり、病院開設許可が失効しても直ちに雇傭関係が消滅したり無効になるものではないとして排斥された事例
  • 所得税の準確定申告における退職金債務の必要経費算入に関し、事業主が死亡し従業員であつた者が事業主の地位を相続した場合、権利義務の混同を生じる範囲で雇傭契約は終了することになるとされた事例
  • 所得税の準確定申告における退職金債務の必要経費算入の可否が争われた事件において、被相続人の従業員であつた相続人の妻については、被相続人の死亡により相続人が事業を承継し、その妻が事業専従者となつたとしても、被相続人と妻との雇傭契約は相続人に承継されるから、被相続人の死亡に伴つて妻が退職したとすることはできないとされた事例