税務調査において「質問応答記録書」など、納税者の見解・主張等を記載した書面には絶対に署名・捺印しないことを、私は伝え続けています。それは「質問応答記録書」が「自白の証拠」になり、納税者に不利になることはあっても、有利になることなど、あり得ないからです。
本稿では、税務調査において納税者が一度認めた内容について、その後撤回し争うことができないのか、解説します。
納税者の発言が二転三転
さて、税務調査における納税者の主張内容に沿って課税処分を受けたにもかかわらず、納税者が主張を撤回し、課税処分の不当性を争うことはできないのでしょうか。
もちろん税務調査の中で納税者が「A」と言っていたものが、後になって「B」と言い出しても、それが税務調査の中であれば(税務調査が終わっていなければ)何か法的な問題になることはありません。なぜなら、課税処分が行われていないのであれば、実害・実損が生じていないからです。
実際のところ、税務調査の立会いをしていると、納税者の見解が変わってしまうことも多々あり、税理士としては困りながらも、調査官は課税要件を固めるために書面に残したがる、というケースもあります。
税務調査における発言の効力
さて、裁判上の自白には3つの効力があります。
(1)証明不要効
自白が成立した事実については、主張・立証責任がなくなり、あくまでも自白した内容が優先されます。
(2)審判排除効
裁判所が自白された事実をそのまま判決の基礎としなければならない、またこれに反する認定をすることはできません
(3)撤回禁止効
いったん自白が成立した事実については、当事者は自白の内容に矛盾した主張をすることができず、原則として自白の撤回は禁止されます。
上記のように税務調査の時と、課税処分を受けた以降に主張・見解を変えるということは(3)を根拠として、「原則として」撤回をすることはできません。
税務調査における「撤回」を求めた裁判
実際に、上記論点を争った事例・判決があります。大阪地裁昭和40年5月11日です。
この裁判では、税務調査の中で納税者が認めていた「推計課税の差益率」を、その後数字が違う(不当)として争われました。
上記の通り、税務調査において行った「自白=納税者が(口頭であっても)認めた内容」は、撤回禁止とされているため、この判決では納税者が負けるという結果になっています。
結局のところ、税務調査で自身が認めた内容と課税処分が一致している場合、後になってひっくり返すというのはできない、としたものです。
税務調査での発言を撤回できる要件
一方で、(3)の撤回禁止効はあくまでも「原則として撤回をすることはできない」のであって、その例外は存在します。
その要件は「自白が事実に反し、かつ錯誤によるものである場合」とされています。
さらには、このような錯誤=無効を訴える場合には、その主張・立証責任は、主張する納税者にあります。つまり、自分がなぜ答弁内容を変えたのか、それがなぜ錯誤によるものなのか、を立証する必要があるわけです。
現実的に考えると、ただ単純に「記憶違い」や「勘違い」などでは錯誤は認められないでしょう。頭の中身では、明確な証拠にならないからです。
認められるケースとしては、記憶を頼りに答弁していたが、課税処分の後に、記憶内容とはまったく違う書類等が発見されて、答弁内容が誤っていたことが完璧に明確になる、といったケースでしょうか。
自白・自供を撤回させないための書面でもある
冒頭に話を戻しますが、税務調査において調査官が書面を求めてくるのは、後になって自白を撤回されないことも目的とされています。
実際に、「質問応答記録書作成の手引」(平成25年6月国税庁課税総括課)には下記の記載があります。
「事案によっては、この質問応答記録書は、課税処分のみならず、これに関わる不服申立て等においても証拠資料として用いられる揚合があることも踏まえ、第三者〈審判官や裁判官〉が読んでも分かるように、必要・十分な事項を簡潔明瞭に記載する必要がある。」
だからこそ、納税者側の立場になって考えれば、納税者に不利になるであろう書面を提出する必要性などないことが理解いただけると思います(この点勘違いされている方が多いようなのですが、国税は自らに有利になる書面しか作成・収受しません。ですから、税務調査で作成される書面は絶対に納税者不利な内容となっているはずです。)
税務調査において、調査中に発言内容を撤回することは問題ないにしても、課税処分を受けた後になって撤回はかなり難しくなります。質問応答記録書の提出のみならず、発言にも気を付けなければなりません。