国税が考える必要経費とその根拠
国税が考える必要経費とその根拠

著者プロフィール

久保憂希也

久保 憂希也(くぼ ゆきや)

元国税調査官・株式会社KACHIEL代表取締役 CEO
1977年 和歌山県和歌山市生まれ
1992年 智弁学園和歌山高校入学
1995年 慶應義塾大学経済学部入学
2001年 国税庁入庁、東京国税局配属 医療業、士業、飲食店、不動産関連などの税務調査を担当、また、資料調査課のプロジェクトで芸能人や風俗等の税務調査にも携わる。さらに、東京国税局にて外国人課税に関する税務調査も担当。
2008年 株式会社 InspireConsultingを設立し、税務調査のコンサルタントとして活動し、現在は全国で税務調査対策研究会を開催し、数千名の税理士に税務調査の正しい対応方法を教えている。

国税が考える必要経費とその根拠

 所得税において税務判断に困る論点としては、事業所得の必要経費が挙げられます。
 該当する支出が事業用と明確に切り分けできればいいのですが、実際のところ、多くの個人事業主は生活費と事業支出が明確に区分できない場合が多いからです。
 本稿では、国税側の視点から必要経費について考えてみましょう。

税務判断の元となる判決は何を参考にすればいいか?

 税務調査で国税(税務署)とまっとうに戦うためには、国税側の情報を知っておく必要があるわけです。
 判決や裁決をいくら読んだからといって、どれが重要性が高いものかはわかりませんし、できれば国税側が重要視している判決・裁決を知るべきなのは当然のことでしょう。

 私が重要視している資料として、東京国税局(課税第一部国税訟務官室)が定期的に出している「調査に生かす判決情報」があります(この情報はTAINSで検索・閲覧することができます)。
 これは、東京国税局管内の税務署に対して出されているもので、実際に全調査官が読んでいるわけではないにしても、少なくとも国税側としてこの判決を重用しているのだな、ということはわかります(審理担当であれば全員読んでいると思います)。

 「調査に生かす判決情報」の中で実際に取り上げられたのが、話題になった東京地裁平成25年10月17日判決です。
 保険代理店を営む個人事業主が、自宅家賃の60%を必要経費として算入していたものが、全額否認された事案として話題になりました。
 これを真っ向から個人の税務調査で適用されれば、ほとんどの個人事業主が自宅家賃の必要経費算入を認められないことになります。しかも、「調査に生かす判決情報」として周知されたのですから、余計にです。

自宅家賃の必要経費が問題になった裁判

 さて、この裁判における自宅家賃の前提はこうです。

【前提】
  • 青色申告にもかかわらず、帳簿は作成しておらず、領収書等を集計するなどして事業所得の金額を算出していた。
  • 納税者の主張としては「私生活と事業活動が混然一体として営まれており、私や家族の生活があってこそ収入が得られるものであるから、食事代を含む生活費の全てが必要経費になる。」として、必要経費と家事費とを区別することなく、領収書等を基に集計した全ての金額を事業所得の必要経費に算入していた。
  • 自宅は3LDKの2階建ての戸建てで、家族と共に本人も居住していた
  • 自宅家賃のうち60%部分を必要経費に算入

(その他の否認項目はあるが今回は割愛します)

 本裁判における裁判所の判決内容はむしろ明快・明白で、下記が要旨になります。

【判決要旨】

本件住宅は、全体として居住の用に供されるべき3LDKの2階建て住宅であり、その構造上、居住用部分と事業用部分とを明確に区分することができる状態にないことが明らかであり、Xがその家族と共に本件住宅に居住していることを併せて考えると、リビング等を本件各業務の専用スペースとして常時使用し、それ以外の用向きには使用していなかったとは考えられず、むしろ、居宅である本件住宅において、Xが家族と共に家庭生活を営みつつ、本件各業務に関連する業務などを行っていたものと認めるのが相当である。したがって、本件地代家賃等のうち本件各業務の遂行上必要な部分を明確に区分することができないから、事業所得の金額の計算上必要経費に算入することはできない。

この判決における国税の考え方

 さて、「調査に生かす判決情報」において、ただ単純に判決を取り上げるだけではなく、その中で「調査に役立つ基礎知識」として、国税側の見解や背景の考え方も解説されています。その中で、重要な点を転載しておきましょう。

「所得税法37条1項(必要経費)について必要経費について、所得税法37条1項は、「総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るために直接に要した費用の額」(個別対応の必要経費)と「販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用」(一般対応の必要経費)とを規定している。個別対応の必要経費と一般対応の必要経費は、収入との関連性に違いがあるが、個別対応の必要経費は、売上原価のように特定の事業上の収入との間に直接的な対応関係があるため、収入との関連は明確であり、通常、問題となる事態は生じない。一般対応の必要経費は、「業務について生じた費用」であると規定されていることから、この点の解釈について意見が分かれている。」

として、国税としても法解釈における「直接性」を明確に定義できていないことがわかります。

 この点について、国税側として直接性が認められた判決として、森地裁昭和60年11月5日判決(控訴審である仙台高裁昭和61年10月31日判決、及びその上告審である最高裁昭和62年7月7日第三小法廷判決において維持されている。)を挙げています。
 一方で、いわゆる仙台の弁護士が弁護士会の選挙費用で争った事案(東京高裁平成24年9月19日判決(その上告審である最高裁平成26年1月17日第二小法廷決定により確定))も取り上げ、

「業の業務と直接関係を持つことを求めると解釈する根拠は見当たらず、『直接』という文言の意味も必ずしも明らかではない」旨判示し、業務との関連性において「直接」関係を持つことまでは求めていない。」

と解説しています。

実際にどうであれば必要経費として認められたのか?

 結局のところ、冒頭の判決に戻ると、下記であれば必要経費と認められたと考えられます。

POINT
(1)リビングや寝室を除き、「この部屋は仕事にしか使っていない」など明確に区分できる
(2)そこまで明確に区分はできなくても、主か従かでいえば、自宅を主として事業用で使用している(所得税基本通達45-2)

 私もこの手の質問・相談が来ると、回答に非常に困ることになります。
 基本的に、事務所を持たない個人事業主の場合、喫茶店など外部で人と会う以外は、実際に自宅であることも多いとは思うのですが、やはりリビングなどは事業占有スペースとは認められないと基本的には考えています。
 せめて上記(1)を確保していただき、その割合分を必要経費入れてくれるのであれば税務調査における反論は容易だろうとは思います。

 以後は、この判決を根拠に否認指摘されるケースが増えると思いますので、事前に個人事業主の顧問先には注意喚起が必要です。