世界では遺産を相続する法的根拠が異なります
海外資産の取引税務
世界では遺産を相続する法的根拠が異なります

著者プロフィール

金田一 喜代美

金田一 喜代美(きんだいち きよみ)

Kiyomi Kindaichi

中央大学法学部国際企業関係法学科、中央大学専門職大学院(MBA取得)、慶應義塾商学研究科修士課程修了。
大手監査法人にて上場準備経験有。
近年は、米国、豪州、シンガポール、等の相続法務税務、ITIN・Trust等諸手続きコンサルテーションに従事している。

【執筆】
「マンガでわかるかんたんQ&A」、「知って得するやさしい税金」、「相続から創続へ」、「国際相続・贈与がざっくりわかる~海を超える次世代資産~」、「税経通信」令和2年3月号 国際資産税特集 “財産取得者の納税義務の判断とその課税関係の調査” 等。

【Blog】
TAXINFOMATION

世界では遺産を相続する法的根拠が異なります

 国ごとに遺産相続の方法や考え方に違いがあります。その理由は、国ごとに「国際私法」が異なるためです。具体的には、国ごとに“人の国籍” もしくは ”財産の種類” のどちらを重視するかにより採用する法律が異なってきます。

海をこえる相続で問題になること

 人が死亡すると、相続人に財産が引き継がれますが、その際に、妻、子、両親、兄弟等での「相続人の範囲」や、それぞれどのように分けるかという「相続分」や、遺言と異なる「遺留分」の主張などの検討が生じます。
 そのうえで、亡くなった人の財産が海外にある、亡くなった人が外国人である、相続人が海外にいるなど、海を越えて相続問題が生じた時には、どの国の法律によって問題を解決すればいいのかが問題になります。

遺産分割処理を決める法律

 このような国際的な問題が生じた時に、どの国の法律に従って問題を解決するかは、「法の適用に関する通則法」(通称「通則法」)に準拠することになっています。
 わが国通則法第36条は、「相続は被相続人の本国法による。」としており、本国法は基本的に亡くなった人の国籍の国の法律ですから、亡くなった人の国籍の国の法律によって相続事件を処理することになります。
 したがって、日本に住んでいる日本人が海外に財産を有していたとしても、死亡した場合は日本法に従って全ての財産の処理がなされます。
 一方で、日本に住んでいる外国人が日本で亡くなり、財産も全て日本にあるとしても、原則的には、その外国の法律に従って財産の処理がなされることになります。
 しかし、外国人相続問題に日本の法律が適用される例外があります。それは、亡くなった人が外国人であった場合、亡くなった人の国の法律は、「亡くなった人が所有する不動産については、不動産の所在地の国の法律によって処理する」と規定している可能性があるからです。このような場合、通則法第41条は、「当事者の本国法によるべき場合において、その国の法律に従えば日本法によるべき時は日本法による」と規定しています。
 つまり、亡くなった人が外国人であっても、その外国の法律ではなく日本法が適用される場合もあると言うことになります。例えば、亡くなった韓国人の父の預金は日本にあり、自宅は米国にあり、相続人は日本在住の場合などのように人も財産も世界に点在しているようなケースでは、各国の税務や法律を丁寧に確認しないといけないことになります。
 場合によっては、国同士の法律のキャッチボールが生じ、ぐるぐる回りになる事例もあります。

相続統一主義 VS 相続分割主義

 世界的に形式的な相続手続きは、大きく分けて「亡くなった人の国籍国の法律」か、「財産がある国の法律」のいずれかで統一されることになっています。
 亡くなった方に関係が深い国の法律による方法が「相続統一主義」で、財産の種類を基にどの国の法律かを決める方法が「相続分割主義」です。内容は以下のようになっています。

①相続統一主義

 遺産の種類で区別せずに、亡くなった方と関係の深い国の法律に基づいて相続手続きをする考え方があります。これを「相続統一主義」と言います。
 通則法第36条によって、財産の処理は亡くなった人の国の法律に従って統一的に処理することとされています。日本や韓国がこれを採用しています。また、相続統一主義は、必ずしも亡くなった人の国籍の国の法律に従うのではなく、亡くなった人の最後の住所地があった国の法律に従うと規定している国もあり、チリやアルゼンチンがこれを採用しています。
 相続統一主義はさらに次のように2つに分かれています。

◎居住地主義 ・・・亡くなった方の居住地国の法による
➣ EUの多くの国が採用している考え方になります。
◎本国法主義 ・・・亡くなった方の国籍国の法による
➣ 日本、韓国などが採用している考え方になります。

②相続分割主義

 他方、相続財産を「不動産」と「動産」に分けて、「不動産」は、その所在する国の法律に従って、「動産」は亡くなった人の国籍や最後の住所地があった国の法律に従って処理する相続手続きもあり、アメリカやイギリスがこれを採用しています。これを「相続分割主義」と言います。たとえば、米国を示すと次の表のようになります。

アメリカの遺産

 基本的に米国の預金は日本法と同じになるので対立は生じませんが、不動産は基になる法が異なるので、法律が対立することになります。
 従って、その外国の法律で、「亡くなった人が所有する不動産については不動産の所在地の国の法律」と限定されていても、「預貯金や宝石などの動産や著作権などの不動産以外の財産はその国が定める法律」で処理しなければならないことになります。
 しかしながら、実務では、海外遺産の手続きは海外の法律で進められる可能性が高いのが実情であり、形式を超えた柔軟的な実務対応が、逆に国際相続を複雑にしていると言えます。

ケース・スタディ

=日本人がアメリカに預金と不動産を残して死亡した場合=

 日本人の父がアメリカに預金と不動産を残して、日本国内で死亡した時の財産の手続きはどのようになるでしょうか。

《 法律的には 》

 亡くなった人の国籍が日本なので、日本の法律によって預金も不動産も処理されることになります。日本の民法に規定されている人が相続人となり、遺産分割協議や裁判所での調停を行って、預金を解約し不動産の名義を書き換を行います。

《 実際に起こる問題 》

 しかしアメリカでは相続分割主義を採用しているため、「不動産」はアメリカ法により、「動産」は、日本法により処理されることになります。
 そうすると、アメリカの金融機関は、「預金」を日本法によって処理したことは了承できても、相続人や相続割合などがわからないため、不動産に関して日本法で処理した理由が理解できずに、手続きが滞ってしまうことがよくあります。
 しかしながら、実際のところ、海外にある財産については、その所在地の法律に従って処理する方が、手続きが早く進むことも多いため、その国の法律に従って処理してしまうこともあり、このことによって、相続の統一的な解決が実現せずに国際的な相続をさらに複雑化させてしまっているのが実情です。