<Ⅰ.MEPについて>
はじめにMEPという株式報酬制度は、マネージメント・エクイティ・プランの略称である。
MEPの目的としては次のようなものが挙げられる。
- 経営陣と支配株主であるA社との利害を一致させ、グループの業績に焦点を当てる。
- 出資者にビジネスを持続的に成長させるインセンティブを与える。
- 経営陣の努力に対して、通常の報酬以上の報酬を与えることができる。
- 主要なスタッフにグループ内に留まるようインセンティブを与えることで、チーム内の安定性を高めることができる。
- 投資機会を通じて、重要なシニア人材を当社に惹きつけておく
<Ⅱ.本案件の概要と検討内容>
シンガポールに本社があるX社の業務委託者Y氏は、当該社の経営陣ではないが、特別枠として2017年3月に、業務委託先X社から、X社のインセンティブプランをSGD(シンガポールドル)建てで付与された。
その後毎年一部の優先株のインセンティブが報酬に加算として振り込まれていたが、申告が必要であることを知らず無申告であった。
2021年になりX社は上場を行わず、持株全部を他社に売却および償還した。これに伴いY氏が2022年6月に所有するインセンティブプラン全種は償還されて、Y氏の日本口座にドルで送金された。
これらの2017年から2022年の償還金額についての、日本の課税はどのようになるかという事例の検討になる。
結論としては、国内税法では、配当金および売却益として課税されることが妥当であると考えられる。これについてその売却益および配当金に対する課税額について検討した。
さらに、過年度に申告をしていなかった年分については、別途ペナルティがかかる可能性があり、その金額も本報告書において改めて詳細を示した。
<Ⅲ.スキームについて>
1)本事案MEPは、2つの商品で構成されているが、1つのパッケージとして捉える必要がある。
- 普通株式はマネージャーに割り当てられ、2種類の組み合わせとなっている。
1株当たり1SGDドルで当グループの株式を保有することができる。 - 機関投資家のストリップは、再投資額の残額を普通株式と組み合わせて取得する。
普通株式と優先株式の比率および経済的権利は、各投資家はグループにおいて同等である。 - 優先株式年7%の複利
2)2017年3月初期投資としてY氏の業務委託報酬から投資金額が控除され、直接SGDでB,C優先株式とC普通株式に投資された。投資先はバージン諸島に本拠をおく従業員福利厚生信託である。
3)インセンティブプランは普通株式の一部が毎期配当され、優先株式は年利7%で運用され会計年度12月31日で締めて複利で増え額面にグロスアップされていく。
Y氏は受益者として、X社株式を福利厚生信託におき、受託者であるC Limited(ノミニー)を通じて株式は運用される。キャッシュレス再投資方式により、X社からB Ltd.に自動的に投資される。
ストックオプションの付与時にX社株を保有していたファンドはB社であり、最終的にX社はIPOせずに、別のファンドに買収された。買収は2022年6月に完了した。
(資本構成とグループ全体図)
マネージャーはEBTを介して投資する。
「EBT」とは、Employment Benefit Trust雇用給付信託のことで、未割当ての管理株式も含めて保有し、Nominee arrangements(経営陣の株式を保有)の両方を指すために使用される。
<Ⅳ.判明している事実の概要>
- このスキームは従業員福利厚生持株会であることと、運用しているのは欧州にある法人から委託されたノミニーであることになる。
そして開始時点で株式公開はせず、企業価値と株価を高めたあとの2021年末にX社株式は全部スクイーズアウトの公表がされ2022年6月にExitされることが決まっていた。 - 今回の償還資産の種類は、新株予約権(SO)ではなく、現物株式(普通株と優先株)だった。
- 従業員福利厚生持株会の組織の登記がされている現地はタックスヘイブン地のため償還時は現地では課税はされないとの記載がある。
- Y氏の職責は雇用関係のある従業員ではなく、重要な外部業務委託先としての契約となっている。
<Ⅴ.課税関係>
判明している事実に伴って、課税関係を検討する。
1)スクイーズアウトに伴う新株予約権の場合
被買収(MA)に伴うスクイーズアウトであるため、仮に償還が新株予約権となれば一般的には下記のような課税関係が成り立つ。
- 新株予約権の場合、買収によりスクイーズされるとその時点で譲渡制限が解除されるため、給与か事業所得(または雑)かの総合課税になる。
- ただし、この事案は外国法人からのSOであるので税制適格は対象外となる。
- 買収後に株主の業務取引も同時に引退であれば雑所得、継続するのであれば事業所得に区分できると判断される。ただし、基本的にはいずれの区分でも税額は同様。
2)一般株式の場合
新株予約権ではなく原株式の売却であれば、通常の株式売却で検討となる。これであれば日本の有価証券にかかる所得は分離課税になるためY氏の総合課税税率と比較すると20.315%の低率になると判断される。
3)その他の課税関係
①国内:2017~2022年の各期間における配当について、その後どのような取り扱いになっているかについては額面への組み入れ(グロスアップ)または、現金で支払われたかによって過年度申告が必要かを検討する必要があると言える。
②国外:スキーム表よりバージン諸島での運用及び償還時には一切の課税はされないことになっているため、いわゆる二重課税は発生はないと判断される。
<Ⅵ.申告の遅延に伴うペナルティについて>
実際の税額の計算を行うに先立って、申告の遅延に伴うペナルティの発生の有無を下記のとおり検討する。
「1.年度ごとに申告を行った場合」ならびに
「2.税務署の指摘を受けて各年度申告に修正した場合」の2つの条件に分けて検討をする。
ただし、2022年に一括で申告を行う場合はペナルティを支払う義務が発生しないため、本項では検討していない。
なお、2018年度分からY氏が事業所得についてすでに期限内に確定申告をされていると仮定して、すでに行った申告について税額が少なかった場合などに行う「修正申告」を各年度について行うという前提に立って検討をした。
そのため、過年度において事業者でなかった等の理由で確定申告をしていない、もしくは期限後に申告を行った年度があった場合は、下記の検討事項から結論が変わる可能性が十分にある。
1)年度ごとに申告を行った場合
①延滞税
納付期限後の申告となるため、延滞税が発生する。
修正申告の場合は、「期間の特例」により延滞期間は納付期限から申告日までではなく、1年を超えた分の延滞税については課税免除されるため、2018年~2021年度の過年度分の申告のいずれについても1年分の延滞税が課税されることとなる。また、延滞税の税率は年度ごとに異なるため、該当年度の税率を用いて税額を計算する。
②過少申告加算税
過少申告加算税は、確定申告において、期限内に提出した申告書の申告納税額が過小であった場合に課せられる加算税の一種であり、修正申告の場合は基本的に課税対象となるが、税務署の調査を受ける前の自主的な修正申告については課税が免除される。本ケースでは、税務署の調査を受けておらず自主的な修正申告にあたるので、過少申告加算税は発生しないと考えられる。
2).税務署の指摘を受けて各年度申告に修正した場合
①延滞税
納付期限後の申告となりますので、延滞税が発生する。
修正申告の場合は、「期間の特例」により延滞期間は納付期限から申告日までではなく、1年を超えた分の延滞税については課税免除されるため、2018年~2021年度の過年度分の申告いずれについても1年分の延滞税が課税されることとなる。
また、延滞税の税率は年度ごとに異なるため、該当年度の税率を用いて税額を計算することとする。
②過少申告加算税
過少申告加算税とは、確定申告において、期限内に提出した申告書の申告納税額が過小であった場合に課せられる加算税の一種です。税務署の調査を受ける前の自主的な修正申告については課税が免除されるが、本ケースでは、税務署の調査を受けたのちの修正となるので過少申告加算税が発生することとなる。過少申告加算税の金額は、新たに納めることになった税金の10 %相当額となるが、新たに納める税金が当初の申告納税額と50万円とのいずれか多い金額を超えている場合、その超えている部分については15%となる。
本ケースの場合、過年度分の申告については、追加の納税額がそれぞれ50万円以下となるので税率は10%として計算する。
③重加算税
重加算税とは、過少申告加算税などが課税される場合に、内容が仮装隠蔽であるなど悪質だった場合(たとえば、二重帳簿を作成した、帳簿書類の破棄、隠匿、改ざんをしていたなど)に、その過少申告加算税などに代えて課税される附帯税のことを指すが、本ケースの場合の申告は単なる申告漏れによる修正申告となるので、悪質な内容には該当しないため、重加算税は発生しないと思案される。
<Ⅶ.課税額の具体的な計算方法>
(設定条件)
※以下の数値についてはすべて架空数値で行っている。
- 投資額 1,704,319円-手数料=1,729,941円
- 1株SGD 14.62 (2017年3月17日)
- 株種類 当初
1,229株 B 種普通株式 マネージメントストリップ
10,000株 C 種普通株式 スイートエクイテイ
107,098株B 種優先株式
118,327株 - 額面 なし
- 利率 B優先株のみ7%複利計算額面グロスアップ
- 2021年6月にB優先株23,933株のみ償還 ・・・・SGDドル(31,823.92)
- 2022年6月にその他すべての株式94,394株を償還・・・・米国ドル(309,339.87)およびSGDドル(118,044.02)
※上記償還額には毎年の配当金と株式売却益が含まれている。
(為替は毎期会計年度末のレートを使用)
1)税額一覧
※以下の数値についてはすべて仮数値で計算したものとなっている。
上記の設定をもとに税額を計算したところ下表のような税額となる。
2)税額のサマリー
上記より各税額は以下の通りとなる。
以下、黒文字は原則的計算になり、紫文字は例外的な考えによる計算である。
①配当金にかかる所得税額の計算
―1―:各年度申告を行った場合
【配当金にかかる税額 総額:161,469円】
- 2018年 32,645円
- 2019年 35,285円
- 2020年 36,152円
- 2021年 37,468円
- 2022年6月償還分 19,919円
<比較>
*B優先1回目分
過年度の配当金の累計金額を配当所得として税額計算した場合は30,059円
(配当所得 (450,098-349,900)*30%)
上記通常配当課税の合計が27,279円であるのでそれほど変わらない。
(7,295+7,885+8,079+4,020)
*B優先2回目分
過年度の配当金の累計金額を配当所得として税額計算した場合は255,498円
(配当所得 (2067533-1215872)*30%)
上記通常配当課税の合計が134,189円であるので毎年課税の方が安いと考えられる。
(25,349+27,400+28,073+33,448+19919)
【償還(売却】にかかる所得税 総額:0円】
- B優先株式1回目の償還益
0 (償還450,098-額面450,098;グロスアップ後) - B優先株式2回目の償還益
0 (償還2,067,533-額面2,067,533;グロスアップ後)
―2―:2022年度に一括して申告した場合
【配当金にかかる税額 総額:285,558円】
<比較>
*2021年6月償還分(B優先1回目)
過年度の配当金の累計金額を配当所得として税額計算した場合は30,059円
(配当所得 (450,098-349,900)*30%)
上記通常配当課税の合計が27,279円であるのでそれほど変わらない。
2022年6月償還分(B優先2回目)
過年度の配当当金の累計金額を配当所得として税額計算した場合は255,498円
(配当所得 (2,067,533-1,215,872)*30%)
上記通常配当課税の合計が134,189円であるので毎年課税の方が安いと考えられる。
②売却益にかかる税額の計算
―1―:みなし取得価格を適用しない場合
【償還(売却)にかかる所得税 総額:8,534,688円】
(内訳)
- B普通株式売却益 4,598,134
- C普通株式売却益 37,413,625
42,011,759円*税率20.315%=8,534,688円
―2―:みなし取得価格を適用する場合
★仮にみなし取得価額5%で計算した場合は、2,110,352円
【償還(売却)にかかる所得税 総額:8,145,642円】
- B普通株式売却益 891,531円(売却価格(4,619,514 円-230,976円)
- C普通株式売却益 7,254,111円(売却価格(37,587,529 円-1,879,376円)
42,011,759円*税率20.315%=8,145,642円
・実際の税額は100未満端数は切り捨てになる。
③延滞税の計算
延滞税は各年度固有の税率に各年度の所得の総額をかけて税額を計算したところ、2022年度に一括して申告を行った場合については、延滞税は発生しない。
④過少申告加算税
税務署の指摘を受けて各年度申告に修正した場合にのみ過少申告加算税が発生することになる。
税額は、「(課税基準期間)×10%×(納付額)」として計算しています。また、課税基準期間は、2022年度3月に申告および納税すると仮定して、「(課税基準期間)=2022年―該当年度」としている。
・実際の税額は100未満端数は切り捨てになる。
<Ⅷ.考察>
各場合において、納税額を計算したところ下記の通りになることが判明した。
みなし所得価格を適用する場合、各年度申告した場合の納税額(住民税を含む)は、2022年度に一括して申告した場合と比較して、納税額が161,882円低くなるという結果となった(12,374,173円-12,536,055円)
また、税務署の指摘を受けて2022年の一括申告から各年度申告に修正した場合、はじめから各年度申告を行った場合と比較して、追加で34,621円のペナルティが追加されることがわかる(12,374,173円-12,408,794円)。
1)各年度申告した場合
①みなし取得価格非適用
―所得税納税額(ペナルティ含む):8,699,727円
―住民税納税額:4,254,999円
―総額:12,954,726円
②みなし取得価格適用
―所得税納税額(ペナルティ含む):8,310,680円
―住民税納税額:4,063,493円
―総額:12,374,173円
2)2022年度に一括して申告した場合
①みなし取得価格非適用
―所得税納税額:8,820,247円
―住民税納税額:4,296,362円
―総額:13,116,609円
②みなし取得価格適用
―所得税納税額:8,431,200円
―住民税納税額:4,104,855円
―総額:12,536,055円
3)税務署の指摘を受けて各年度申告に修正した場合
①みなし取得価格非適用
―所得税納税額(ペナルティ含む):8,734,348円
―住民税納税額:4,254,999円
―総額:12,989,347円
②みなし取得価格適用
―所得税納税額(ペナルティ含む):8,345,301円
―住民税納税額:4,063,493円
―総額:12,408,794円
<Ⅸ.むすびとして>
Y氏は、X社の役員および従業員ではなく、業務委託者である。また最終的に取得した株式償還時の株式報酬はSOではなく原株であったため、日本での課税関係(過年度含)についての所得区分は、配当課税と譲渡所得であることが判明した。さらに過年度分と確定申告を行うにあたっては次の点について検討をする必要がある。
A.年度ごとに申告を行うか2022年度に一括で申告を行うか
B.みなし取得価格を適用するか
A.については、年度ごとに申告を行う事が適正である。しかしながら、税額が僅少であることや申告の費用や手間および延滞税等を総合的に勘案して重要性から判断するとまとめての申告をする判断余地も残される。
また、B.については、年度ごとに申告を行う場合においても、一括で申告を行う場合においてもみなし取得価格を適用することで約58万円の税金の減額が実現できる可能性がある。
また当該MEP(Management Equity Plan)はタックスヘイブン地であるバージン諸島で運用されていたため、外国での課税は発生しないため、二重税額控除も発生していない。
当該事例は、海外からの株式報酬について、その種類と付与者の職責によって所得区分が異なる点、外国での課税状況、過年度の申告処理とその延滞税の検討等、多面的な検討を要する事例となっている。今後遭遇する海外からの株式報酬の日本での課税事案の一助にしていただければ幸いである。
<Ⅹ.ご留意事項>
本事例は作成時点における税制、及び公表資料を基に作成している。本事例作成のために提供された情報、資料は、本事例を作成する上で、有効かつ妥当であることを前提に分析しているが、情報、資料の完全性、正確性、網羅性を何ら保証するものではありません。
登場する法人名等、数値は仮の数値で計算しております。
したがって、提供された情報、資料の誤りに基づく本資料への影響については、弊社は一切責任を負いません。
<Ⅺ .参考として資料および電子媒体資料等>
- 質疑応答事例国税庁
被買収会社の従業員に付与されたストックオプションを買収会社が買い取る場合の課税関係|国税庁 (nta.go.jp) - スクイーズアウトの法務税務/森濱田松本法律事務所
- SOを買収する場合の課税関係/PWC
- その他